日々のできごと

出会って6ヶ月で結婚して入籍2週間後に夫が難病になった話

私が突然結婚して式をあげるまでのこと。

以前はてなブログに書いたものを整理してまとめました。

出会い

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私はそれまで割と自由に生きてきました。夏は登山、冬は雪山。山が恋人でした。

そんな人間が出会ってから2週間で付き合い始め、4ヶ月で同棲し、6ヶ月弱で入籍、その3ヶ月後に挙式しました。

人生の早送りボタンを誰かが押したのでしょうか。

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初めて出会ったのは群馬県は前橋のヤマダグリーンドームでのMr.childrenのコンサートでした。

友達(後に婚姻届けの証人になっていただいた)が当選したチケットで、同行して参加できました。

これがまた花道最前列で興奮しっぱなしでもう一生あんな席ないだろうなあっていう神席だったのです。ありがとうNさん!

そのNさんと相方さんが知り合いで、たまたま席が近くて、ライブが始まる前にNさんに挨拶に来た時に初めて今の夫と出会いました。

特にその時は何の感情も抱かず、その後のライブを最高に楽しみました。汗が目視できる席…それはもう最高すぎでしたよ。

新宿でごはん

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2015年の3月に前の会社を辞め、4月から別の会社に入社することになっていました。

なので2015年の2月~3月はここぞとばかり平日スノボを満喫していました。

チケットないのに仙台にミスチルのライブ遠征行った仲間と合流しに(というかスノボに)18切符で行ったりしてました。

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あと富士川に秦基博さんコラボのプラネタリウム観に行ったり。

山の手線一周マラソンしたり。

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山の手線一周マラソン(&ウォーク)2015年の3月。転職が決まり有休消化をしていたふくねこは、スノボやライブ以外はのんびり時を過ごしていました。こんなのをキャラメル包みで...

そんな中、ごはんのお誘いを現夫からいただきました。

スペイン語がお互い好きと言うこともあり、指差しシリーズのスペイン語の本を持っていきました。

ちなみにこれ↓

学生時代、研究室の先生のお手伝いでメキシコに行ったとき、研究室の先生がプレゼントしてくださいました。今でもたまに見てます。

場所は新宿。

私は人の顔を覚えるのが苦手で、果たして見て分かるか不安でした。

待ち合わせ場所でウロウロし、それっぽい方が登場。思い出せました。

ルミネエストのレストランフロアにあるベトナム料理屋さんに入ろうとしたのですが、満席でタイ料理屋さんに入りました。

そして海外に行った時の話を聞いたり、旅の話をしてとても楽しかったのを覚えてます。

これまで誰かにごはんに誘っていただくことも一応あったのですが、だんだん疲れてきて帰りたくなるのです。それがなかったので、今思えばフィーリングが合ったのかもしれません。

付き合い始める

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3月の末にお付き合いを始めることになりました。

出会ったのが3月14日のライブだったので、出会って2週間。

ごはんに行った翌週、カラオケに行った夜、電話で。

仕事の方は4月1日入社だったので、会社人間に復帰しました。

その後はなんだかんだ毎週末会っていました(なお、一人で山にも行ってました)。

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カスタムくんに会いに横浜行ったり。

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Billsのパンケーキ食べたり。

ベリーのにしたけど普通のリコッタパンケーキが一番美味しいと思います。

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銀座のエッグスンシングスに行ったり。

お互い生クリームも好きです(生クリームはダブル)。

甘いもの好きでお酒がそんなに飲めないというのも一致してました。飲もうと思えばほどほどに飲めるところも。

話を時系列に戻すと、この頃から相方さんの影響を受けてONE OK ROCK(ワンオク)にハマりました。

カラオケで歌ってたのがきっかけです。

当時、ワンオクの3xxxv5のツアー中で、私は3回も行ってしまいました。ここからふくねこのワンオクライフが始まるのです…。

この辺りが5月。その月末に人生を変えるできごとを迎えることとなりました。

勘違いだったかもしれないプロポーズ

我々は海岸で指輪を探していました。

すっぽ抜けた相方さんの指輪を。

そう、ペアリングでした。

指輪がすっぽ抜けたのは暗い時で、その時は見つけることはできませんでした。

翌日明るい時に探しに行き、「ああ、やっぱり見つからないよなあ…」と思っていたその時。

「あった」

近くにいたカップルが流していたBGMはMr.Childrenのシーソーゲーム。なんだこの偶然は!!桜井さんありがとう!!!

「本当に必要なものは戻ってくるんやなあ」的な言葉を相方さんが言っていたのを覚えています。

この頃には仲間うちにも関係が知れ渡っておりました。

そして、新しい会社での仕事もいろいろ任されるようになってきた5月の末。

夕飯を一緒に食べ、東京駅から中央線で帰るという相方さんを見送る前に、中央線ホームへの長いエスカレーターの上り口付近でプロポーズらしきものをしていただいたのです。

らしきもの、と書いたのは実はそうじゃなかったかもしれないから。

でもこれがきっかけで一気に前に進むこととなりました。

同棲と親への報告

6月頭。我々は吉祥寺の不動産屋さんで賃貸契約を結ぶことになりました。

その早さに自分たちも慌てました。

私は当時住んでいた市川のマンションの更新を10月に控えており、それまでに引っ越そうと思っていました。変な人が夜中2時くらいにピンポンしに来たりウロウロしている人がいて怖かったのです。1階だし。

相方さんは吉祥寺が大好きなので、引っ越し先は吉祥寺近辺。

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中央線沿線は西方面の山々へのアクセスも良いのもポイントです。

とはいうものの、軽い気持ちで行った不動産屋さんであれよあれよと、条件検索→内見→契約、となったのは笑いが込み上げてきました。人間、動揺すると笑ってしまうのです。

それから一気に慌ただしくなりました。

お互いの家に挨拶に行き(ふくねこ父には緊張で変なテンションになっているのが見受けられた 笑)、要らない荷物を減らし、引越し準備。

実家に帰ったとき、車の中で母に

母「いつから付き合ってるの?」

と聞かれ、

ふ「今年の3月末…」

と答えてから「あらそう~!!」と母が反応するまでに、マンガに描いたような間があったのが忘れられません。

相方さんは大阪出身なので、大阪までご挨拶に伺いました。

突然降ってきた話にもかかわらず、あたたかく迎えてくださいました。

引っ越しは7月の3連休。

向こうはシェアハウスに住んでいたので荷物も少なく、私の持っていた家電をそのまま使いました。

後に、10年超え選手の洗濯機はアラームが止まらずご臨終となり、必要に迫られ買い換え。

炊飯器と冷蔵庫とポットも徐々にお亡くなりになりエコな製品に買い換えました。

そして始まった同居生活。

少なくともふくねこは10年以上一人暮らしをしており、自分のスタイルというものが出来上がっているのは否めません。

一人暮らしをしていると、この「マイルール」がけっこうできていたりして、細かい気になることが出てきてしまいます。

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気になることがポチポチあるのは今でも変わりませんが、そんなこんなで同居生活が始まりました。

顔合わせ、入籍、からの発病

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7月の3連休の引っ越し後、引っ越す以前から立てていた週末の予定がみちみちに詰まっておりました。

  • 博多でNUMBER SHOT(秦さんとドリカム目当て)
  • 名古屋で結婚式(友人ご夫婦のハイクオリティな披露宴)
  • 翌週に東京で結婚式二次会(これも素晴らしい)
  • 浅間山麓でアサマスターナイトクロスウォーク(31kmを夜通し歩いた)
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ということで同棲を始めたものの週末はほぼ家にいませんでした。

そして8月の最終週、両家の顔合わせで大阪へ。

私の両親の新幹線のチケットを手配したり、東京駅に迎えに行ったら高速バスの降り場が間違ってて見つからなかったり、チェックインしたホテルに両親が持ってきたお土産を忘れたり、私がそれを取りに行っている間に両親がどこかに行ってしまってはぐれたり…携帯電話がある時代でよかった。

そんなてんやわんやで、緊張する余裕もなく汗だくで会食するホテルの料亭に着いたのでした。

顔合わせもとりあえず和やかに終え、戸籍抄本も入手し、入籍の準備を進めました。

入籍日どうしようかね、と二人で相談し、Mr.childrenの名曲「HANABI」の発売日、かつ、ふくねこが幼少の時から見て育った「ドラえもん」の誕生日である9月3日に決めました。

平日だったので、仕事を頑張ってほぼ定時に上がり、窓口に出しに行きました。

事務手続きとはいえ照れるもんですね。

記載事項を確認して、わりとあっさり提出が済んだ後、紀伊国屋のレストランのような場所でパスタを食べました。パンがいっぱいついてきました。

実感はなかったけど、2015年9月3日、わたしたちは夫婦になりました。

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その約2週間後、相方さんの友人の車に乗せてもらい、Nさんも含め4人で仙台にMr.childrenのライブ遠征に行きました。

現地でもう2グループと合流して、仙台のお友達の家に泊めてもらうブラン。

そんな出発の朝、駅で東京都多摩西部を震源とする震度5弱の地震がありました。

揺れもありましたが、駅のお店のシャッターがガシャガシャガシャ!!!っとなった音にびっくりしました。

電車もしばらく運転見合わせ。不穏な出発である。

そして相方さんのお腹の調子がよろしくなく、「はらいてー」と言いながら、たぶんあんパンらしきものを食べていました。

このお腹の不調はライブ中、打ち上げ中、そして帰ってくるまで続き、家に帰ってから熱を測ったら38度台の熱が出ていました。

ライブ会場に行くまでも帰りもけっこう歩いたし、仙台からの帰り道にはあぶくま洞に寄ったり、よく動き回っていたなあと思います。

とりあえず診てもらった診療所での診断は急性腸炎。

腸炎が落ち着いた数日後、相方さんの身体を全身の筋肉痛と謎の関節の痛みが襲いました。

さらに数日後。会社で残業をしていたら、LINEがきました。

「なんか俺、歩けなくなっちゃった(笑)」

「大丈夫?無理しないでね」

と返しましたが、家に帰ってみたらとにかく腰(後に仙腸関節という部位であることが分かる)の痛みがひどいとのこと。

この時、入籍から約2週間でした。

初めての救急車と一人で香港

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人生で初めて救急車に乗りました。

夫から歩けなくなった、というLINEが来た日は金曜日。土曜の夜から二人で香港に発つ予定でした。

その土曜日の朝、歩けないのはやはりただごとではないとの判断で、病院へ行くことにしました。

歩けない、車もない、動かしていいのかもわからない。そんな状況のもと、救急車を呼ぶことにしました。

頭の中は夫の身体が心配なことと、香港どうしたらいいんだろうと、ただただ不安でした。

ここからはいくつか、ふくねこの手記をそのまま転記します。病気の経過を記録することで治療のヒントが見えてくるかもしれないと思い、つけ始めた記録です。

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9月19日

救急車で病院に行った。初めて乗った。

内科→整形で診てもらったけど原因不明。X線問題ナシ。

大学病院に紹介になってタクシーで行った。救急めっちゃ待った。

MRI撮ったけど不明で問題ナシ。誤診でしょ…(←記載のまま)

香港には一人で行くことになった。迷ったけど、やっぱりあきらめきれなかった。ごめん。一人海外で不安だけど何とかなるか。

LINEとWi-Fiあってよかった。連絡取れなかったら心配すぎる。

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香港行きはぎりぎりまで迷いました。

「自分が行きたいかどうかで決めて、後悔はして欲しくない」と言ってくれたけど、本当は行って欲しくないと思っているのかもしれない(後から聞いたらまさか行くとは思わなかったらしい^^;)。

この状態で置いて行っていいのか。ただもうキャンセルはできないし、迷いに迷いました。

走って帰れば何とか空港に間に合うかな、という時間になり、決断。

この状態で置いてくなんてとんでもないかもしれませんが、私たちの「人生は一度きり、お互いのやりたいことを優先する」というスタイルから、行かせてもらいました。

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9月20日-22日

香港。ホテルの一人で泊まることになった事情説明とか英語で。やれば何とかなるもんだ。

SKY100からの夜景きれいだった。今度一緒に夜景見たい。ヴィクトリアパーク。

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その後の手記は仕事がかなり忙しかったのもあり、まとめ書きで記録しています。

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帰ってから姿を見るのが辛かった。しんどそう。カロナールのみ処方って…

何度か病院に行って分からない状態が続いて、可能性のある病名が提示された。

強直性脊椎炎か膠原病。調べてかなりショックだった。

この日から一週間くらい毎晩泣いた。聞いた日の翌日は会社でも勝手に涙が出てやばかった。

なんでか。悲しいんじゃなくて悔しいんだなきっと。何で、他にもっと病気になってもいい人いるでしょと。言い方悪いけどそう思う。

神様に都合よくお願いしてもやっぱり無理で、だんだんこんな課題を与えた神様に何でって気持ちが強くなってきた。

ただただ治ってほしい。せめて痛みがなくなって、歩けるようになってほしい。

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「強直性脊椎炎」

インターネットでその疾患について調べて 、ショックを受けました。

これは自己免疫疾患で、膠原病の一種です。

関節炎から始まり、いずれは脊椎の関節が竹の節のように固まってしまう病気で、難病指定されています。

この病気は胃腸炎がきっかけで発症する場合があること、また、HLA(ヒト白血球抗原)のある型を持っていることが言われています。

一応、医学・生命科学系の出身で薬関係の仕事もしてきているので、その辺の理解はすぐにできました。

それだけに、今後への不安も大きかったです。

ただちょっと病態が一致しないな、と個人的には思っていました。そこに希望を持ちました。

救急車で病院に行って以来、ずっと家の中でも松葉杖生活でした。

今思い出しても、あの時期から今の状態まで持ち直して、本当によかったと思います。

さすがにカロナールからロキソニンに薬が変わりました。

公園で婚約祝い

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10月3日

友達が井の頭公園でお祝いしてくれた。Eちゃんの手料理すごかった!

パンもすごくおいしくて、お腹いっぱい過ぎるくらい食べた。

病状は変わらず。

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友達が井の頭公園で結婚のお祝いをしてくれました。

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吉祥寺の美味しいパン屋さんでパンを買ってきてくれて、座るのが大変な夫のために椅子も用意してくれて。

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手作りケーキ(めちゃくちゃ美味しかった!)まで用意してくれて、沈んでいた気持ちが明るくなりました。

ただただ感謝。

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10月15日

病院に一緒に行った。初めて今の会社休んだ。行ってよかったと思う。

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正式に診断名を聞く日、今の会社に入社してから初めてお休みをいただきました。

まだ検査中だったけど、いろいろ説明を聞きました。

痛みが強いため、ロキソニンからトラムセット(麻薬に近い鎮痛剤)に変わりました。

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吉祥寺猫まつりにNさんと行った。

リンゴケーキ作った。おいしいと言ってもらえたのがうれしい。ケーキ系はカフェでいろいろ食べてそうで何か作るの気が引ける。

歌広場まで松葉杖で行けた。しんどそうだった。何で痛い(炎症)の続くんだろう。

“夏は暑くて当たり前、冬は寒くて当たり前。ならこの薬(トラムセット)を飲んで吐き気がするのも当然のこと”と突然言い出した。

確かにそうだ。

NegativeなんだかPositiveなんだかわからない。笑

膝、あたためてだめなら冷やしてみた。

何が正解か分からない。何でもいいから炎症が消えてほしい。

ツナマヨ断ちしてお願いしたら神様は叶えてくれるのだろうか。

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夫は膝に炎症が広がり、左膝が腫れていました。

炎症で関節破壊が進んで変形してしまうのでは、という不安を抱えながら毎日を過ごしていました。

注射でたまった水(滑膜の中の関節液)を抜いてもらったことも。20mLのシリンジ2本分くらい取れました。痛いはずだ。

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10月20日

残業しんどい。

腫れ少しひいた?(左ひざ)

右足の裏(ひざ)が痛いみたい…

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10月21日

残業しんどい。直帰したかった。

ごはん作れなくて申し訳ない。言わないけど、不便はしてると思う。

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10月22日

やっぱり強直性脊椎炎が濃厚らしい。

ライター病ならまだよかったのになと思ってたけど、しょうがない。

体質上、免疫抑制剤もバイオも使えない。ステロイドはともかくバイオは使えたらよかった。

考えてもしょうがないので毎日が楽しくなるようにしたい。何かあるかな。クイズ(なぞなぞ)の書き置きとか。チープな…

でもやっぱりどこかで違うものだったらいいなと思ってた。重症化しないことを祈るのみ。

40才くらいまでで落ち着くという説を信じる。

南米に行くことを原動力にする。何があってもへこたれない(仕事以外)。でも仕事量調整してもらって家の時間ふやしたい…

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強直性脊椎炎と似た症状が出る疾患に、「ライター病(反応性関節炎)」という疾患があります。

こちらも膠原病の一種です。

ライター病の場合、多くは3~6ヶ月で治るとされていました。

また、自己免疫の破綻で起こる関節炎に対してはバイオ(生物学的製剤)が有効とされています。

生物学的製剤は関節リウマチに対しても使用されています。

めちゃ高いんですけどね…。

あと、「へこたれない」とか書いておきながら「仕事以外」って書いてるところが既にへたれてるな(笑)。

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10月23日

松葉杖使わず夜歩いてる姿みて感動した(クララが立った!的な)。

ずっと杖だったから、ない姿が久々に見て少しほっとした。

でも歩けるのは薬で抑えてるからで、きっとこの先も痛み止めはのみ続けなきゃいけないのかも。

mixiとFacebookで病気のことを報告してた。

みんなのコメントがうれしくもあり辛くもあり。

あとやっぱり がんばって って言葉は難しい。

残業ばっかりだーー

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10月24日

なぜか夫は眼科で眼底のMRI撮った。何もありませんように…

私は右目が乳頭結膜炎になった。

眼科 血管が切れてたとか…心配だけど程度にもよるかな。経過観察。

病院の6Fのオムハヤシ好き。高いけど。

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二度目の救急車

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10月27日

深夜2:30頃 動悸と吐き気 初めて起こしに来た。

救急車要請(119初めてかけた)

副作用とは思うけど、吐き気は脳血管系の可能性もあるからこわい。

吐き気止めの点滴して帰宅。こちらも寝てないけど仕事。

救急では吐き気の原因分からず。ストレスだろうなあ…

仕事中眠かったけど忙しくてそれどころじゃなかった。

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夫が動悸と吐き気が止まらないとのことで、深夜に救急車で病院へ行きました。

点滴で薬を入れて様子見。

ひとまず落ち着いたため、タクシーで家に戻りました。仕事大変だった…。

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10月29日

膠原病内科。

吐き気はストレスからっぽい。トラムセットとプリンペラン外してロキソニンのみ。

朝晩2回+ムコスタ追加。

薬が減るのはいいと思うけど痛み大丈夫なのかな。

病状を検討。反応性関節炎かも?でも痛いことには変わらない。

安静がいいのかなー

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結婚式の準備

30日には結婚式二次会の話し合いを、吉祥寺のお店でしました。

夫のお友達がメインだったのですが、もうみんないい人たちばかりで申し訳ない気持ちになるくらい。

二次会の話し合い、と書きましたが、実は結婚式の日取りと式場を既に8月中に決めていました。

式と披露宴は代々木駅近くの会場に決めており、担当の方と打ち合わせも数回していました。

夫が病気を発症してからの打ち合わせはふくねこ一人で行っていて、担当の方に事情を説明したときは涙してしまいました。

「新郎に無理のないように、内容を考えていきましょう。こちらでもできる限りのサポートをしていきます」

と担当のTさんに言ってもらえたのがとてもありがたかったです。

問題は衣装合わせ。

やはり一度は新郎にも来てもらって、最終の打ち合わせと、試着をして欲しいと。

サイズと希望のカラーから、数点候補となりそうな衣装の写真を撮って送り、試着も含め、新郎が同席する打ち合わせは一日で済ませられるよう調整してもらいました。

そして、不安とドタバタの式の準備が本格化していきました。

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式の準備は、8月にヨドバシカメラの9階だか8階の「1000%ウェディング」さんに行ったのが始まりでした。

そこで何軒か希望の条件に合う式場を探してもらい、後日式場を見学。

会場はアットホームさが売りの一軒家風の式場。

もうここでしょ!と一発目で決定。

担当のTさんはネイルが素敵な話し方がちょっと独特な方でした。

これからのスケジュールを大まかに決め、引き出物やお花やあれこれ決めるものを仮決めして見積もりをとりました。

みんなこんな大変なことしてるのね…

で、結婚指輪をどうするか。

わざわざ新しく指輪を買うのももったいないし、何より自ら欲しいと思った指輪は今つけてるこの指輪であって、新しく買ったらこの子の所在がないじゃない、

と、持ち込み可能でカスタムできる「ケイ・ウノ」さんにお願いすることにしました。

偶然、同時期にお付き合い→結婚となった某KさんSさんカップルもケイ・ウノさんで作ってました。

なんかうれしい。

指輪には石と文字を内側に入れることにしました。一個のダイヤの原石を2個に分けたものが埋め込まれてます。ちょっとロマンチックでいいなと思いました。

引き出物は直感と完全に自分たちの(主に私の)好みで決めました。

そしてペーパーアイテム。

頼んだ方が楽は楽だし体裁のいいものができる。でもせっかくアットホームな会場だし、節約根性とクリエイター魂がふつふつと湧いてきて、

「自作します!」

と宣言してしまった。

大変だったけど、自分たちの色を盛り込めて楽しかったです。やり切れなかったところもあるけど。

メニュー表は封筒にメニューを印刷して、中にプチギフトとしてハーブのミニ栽培キットを入れました。

サイズがギリギリで焦った(笑)

ムービーも自作しました。

BGMはHYの「AM11:00」。

あーだこーだ言いながらiMovieで四苦八苦。

この頃は夫の発病後だったので、会社に行けない分こちらを頑張ってくれました。

最初はさんざん操作に悩みましたが、何とかかたちになってよかったです。

Welcomeボードはイラストレーターをしているお友達の やぎみほこ さんにお仕事をお願いしました。

彼女のほんわかしたイラストが大好きです。

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夫の「ムーミンぽい感じで」という無茶振りにも見事に応えてくれました(´▽`*)

決めるものを決め、最終の見積もりも終わり、ペーパーアイテムもほぼ完成。

限界が来る

その時期、私の仕事は8:00-22:00となることもしばしば。

私にも限界がきました。

山に行きたい・・・!!!!!(そっち?)

雲取山(東京都で一番高い山)に日帰りで行ってきました。

約6時間半の山歩き。往復20kmくらい。

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埼玉側の標識。

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東京側。

山頂が埼玉と東京の県境にあるのでどちらの標識もあるんですよ(どうでもいい情報)。

夫の病状は幸い快復傾向にありました。鎮痛剤の量が減り、少しづつ歩けるようになっていきました。

家の中で松葉杖が要らなくなりました。

一生のことになるかもと覚悟していただけに、本当にうれしかったです(再発の可能性もあり、まだ油断はできませんが)。

そして式前日。

ペーパーアイテムやら飾るものやらを式場に持って行きました。…重かったー。

持ち上げられる重さ≠持ち歩ける重さ

そんな方程式が脳内を逡巡しました。

荷物を預けた後は、大阪からお越しいただいた義父母と義姉ご夫婦とディナーを予定していました。

その前に夫が穿く白いブリーフがないことが発覚し、ダッシュで買いにいってからレストランに行ったので、12月なのに汗だくになりました。

レストランのディナーはものすごく美味しくて、エンターテイメント性も高く、素晴らしい内容でした。

お値段もそれなりに上流階級なのですが、記念日とかにまた行けたらいいなあ。

結婚式を挙げました

式当日。ふくねこはセットのため先に会場入り。

夫は足を温存するためもあり、後からタクシーで到着しました。

おおお、本当に今日式できるんだなあ。動けるようになって本当に良かった。

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ヘアセットをしている間「ごはんとか食べてていいですよ」のお言葉に甘え、朝来る途中で調達した品を取り出す。

この日ももちろんツナマヨおにぎり。※ツナマヨおにぎりが大好物です。

反対側の更衣室では夫がタキシード(白)に着替えている。

似合う。

ちょっと緊張してきたぞ。

顔と頭はプロの方に綺麗にしていただきました。

初めて(メイクリハーサルもしたけど)がっつりメイクをしてもらい、普段化粧っ気が一切ないので、塗り重ねられる様々なアイテムにキョドりました。

そしてヘアピン。何本差すんじゃい、ってくらい大量のヘアピンが差し込まれました。帰って頭解放したら出るわ出るわピンが。

ある程度準備したらリハーサルと家族写真。

父親と歩くの照れるな。

「もうみなさんほとんどいらっしゃってますよ^^」

とTさん。

ヒールのハプニングで遅れるかもって連絡くれてたM夫人、気付かずにごめん…間に合わせてくれてありがとう!

そして式が始まりました。

まず夫が入場。

長く歩くのはまだ足に負担があったので、杖を使いながらでした。

貴族っぽいって言われてた(笑)

そして父と私が入場。

緊張で笑いが込み上げてきたけど一体どんな顔で入っていってたんだろう。みんなが笑顔で迎えてくれたのは覚えています。

父の腕を離れ夫の腕に。

…タキシード暑そうだねぇ(笑)

式ではブーケ・ブートニアの儀式というのを行いました。

プロポーズとして女性にブーケを渡し、Yesの代わりにブートニアという小さなブーケみたいなお花を男性の胸に差す、というもの。

ロマンチックだなあと思って取り入れました。

指輪の交換。

リングピローは義母が手作りしてくれました。

水色のお花の刺繍が入って可憐です。

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結婚宣言は、自分たちらしさを取り入れようと英語にし、ワンオクの歌詞を入れました(笑)。

退場して式は終わり。ほっと一息。

式の後は小規模な宴。

二人で再入場。

この時はだいぶ気楽になっていました。

こんなもりもり食べる花嫁見たことない(笑)って言われるくらい、出されたものをほぼ完食。

だって取り置きできないって言われたんだもの…

お色直しで中座するとき、出口を間違えて厨房に入ってしまいました(無意識に食べ物の方へ…?)。

しかも途中で一緒に退場するはずの母が手を離してしまい、一人で中座。うちの家族らしい、締まらない展開です。

お色直しはカラードレスで、エメラルドグリーンに近い青。こんなディズニーみたいなの着るの一生にいっぺんだなー。

再入場の曲をワンオクのWherever you areにしたのですが、前奏カットのお願いし忘れてちょっと失敗。無音で入っていったみたいになってしまった。

あと、余興で夫がミスチルのSimpleを友人と弾き語りしてくれました。

「びっくりするぐらい合わへんかったwww」(本人談)

練習ではバッチリだったそう。これも大好きな曲です。

あと、お色直しの間に自作のムービー流したのでした。

お互い旅のことが中心で、海外と、ふくねこは山の写真多めの構成。数少ない二人が写ってる写真を探し出して最後につなげました。

けっこう笑い声が聞こえてきてほっとしました。

写真撮ったり、歓談したり、ほのぼのとした時間を過ごしていましたが、「花嫁からの手紙」を読まなければならぬ時間になり、一気に再度緊張。

人前で話すことには仕事柄慣れつつあったけど、やっぱり緊張しました。なお、声が震え気味だったのは感極まっていたわけではなく緊張からです。

ちなみに会社の先輩から「早めに書いとかないと前日徹夜する刃目になるから!」と忠告を受けていたので、2日前には準備してました。大正解。

新郎父と新郎の挨拶でお開き、そしてお見送り。

あたたかい空間に包まれた1日でした。

精算で一気に現実へ\(^o^)/

そして夜に2次会。

吉祥寺のカジュアルイタリアン、Old crowさんでやらせていただきました(数年後コロナで閉店してしまった…)。

mixiつながりのお友達中心で、100人近くのけっこうな大所帯に。

お店のキャパに少し心配があって、案の定みなさんに窮屈な思いをさせてしまって申し訳なかったです。

幹事をしてくれたおNさん、2次会オープニングムービー(ハイクオリティ)作ってくれたAさん始め、幹事の皆さんのおかげで無事開催できました。何か恩返しをしなければと思っているけれどいまだにできていない…。

余興で「吉祥寺クイズ」をどうしてもやりたい夫の意向の元、吉祥寺にまつわるクイズ大会をしました。

難易度が高かったらしく、全問正解はただ一人。すごいよTさん!

最後に歌三連ちゃん。

・Sさんによる「HANABI(Mr.Children)」

この方は自身のバンドのギター&ボーカルで、めちゃくちゃ歌とギターが上手いです。

最近はPop turtleというグループで出演されていて、毎回楽しいです。

奥様も素敵です♡

・Hさんによる「3月9日(レミオロメン)」

Hさんもバンドを率いるギター&ボーカル。時々ライブにもお邪魔しています。

ストイックな方で歌う姿に色気があります←

3月9日の時にはふくねこが作ったスライドショーを流しました。

夫に向けたメッセージも含んでたのに本人あんまり見てなかった(笑)

・夫による「The Beginning(ONE OK ROCK)」

ちょっとした小芝居を入れての熱唱。

カラオケに二人で行くこともちょいちょいあるんですが、あの熱唱は毎回尊敬に値する。私はドレスでヘドバンしました。

その後にサプライズがありました。

そういうことをするタイプではないと思っていただけに、びっくり。

5月末の東京駅で「またちゃんとするから」と言いつつ色々あってなぁなぁになっていたプロポーズを、皆の前でしてくれました。

ムーミンのレターセットで手紙にしたものを読む。

出会ってから

病気になったこと

夜中に救急車で病院に行ったこと

改めてすると言っていたプロポーズをしていなかったこと

うれしかったです。

最後に「以上です」ってつけてたの個人的にツボだったなあ。

思いがけない自体に茫然としてしまって

「って、あれ答えは!(笑)」

と周りに言われてマイクを取りました。

「ずっと一緒にいてください」

思い出すと恥ずかしいですが、何も考えずスッと出てきた言葉でした。

その後、一旦荷物を置きに帰り3次会へ。マスカラが落ちてめっちゃパンダ(笑)

とにかく幸せな空気に包まれた1日でした。

来てくれた皆さんと、1次会2次会を仕切ってくれたりお世話をしてくれた皆さん、本当にありがとうございます。

翌日は普通に仕事で、しかも午後から外勤で説明会しなきゃいけなかったので、23時過ぎにはおいとま。

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何はともあれ、人生の一大イベントがひとつ完了しました。

その後、夫はしばらく反動で調子が良くなく、ふくねこも仕事漬けで新婚らしくない生活が続くという。一日中顔合わせない日とかあったもんなあ。

そうして式まで無事に終えました。

シンガポール旅行

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転職、入籍、夫の発病、結婚式と怒涛の日々を終え、気づけば2016年も半分以上過ぎました。

そして、2016年の誕生日はシンガポールで過ごすことになりました。

去年のの9月、原因不明の関節炎のため出発日に救急車で病院に行き一緒に行けなかった香港のリベンジ。

で、一度行ってみたかった場所であり、夫が一時期はたらいていたことで現地の知り合いもいるシンガポールをリクエストしました。

いろいろプランを探していて、どうせ行くなら一生に一度はマリーナベイサンズに泊まってしまおうではないかと方向性が決定。

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※マリーナベイサンズ:ビルの上に船が載ってて屋上にプールがあるいい意味でわけのわからないホテル。

  • ホテルと航空券のみで終日自由行動
  • 深夜出発(会社が終わってから行ける)
  • マリーナベイサンズに泊まれる
  • 安い

という条件で色々調べ、「旅工房」というサイトでちょうどマッチするプランがあったので、こちらで予約しました。

時々夫が体調不良を訴えることもあり、 出発日が近づくにつれて

またぶり返してあの時みたいになったらどうしよう

という不安がずっとつきまといました。

杞憂に終わってよかった。

旅立ちの準備をするにあたり、パスポートの問題が発生。

私のパスポートの期限が2016年8月まで&姓が変わっているではありませんか。

パスポートの更新のため本籍地の戸籍抄本を送っていただいたり微妙に大変でした。

しかも有楽町のパスポートセンターがめちゃくちゃ混んでいて、書類を書いて整理番号もらってから受付に提出するまで1時間以上待つという・・・

19時で入口が閉められてしまうので、中で仕事しながら待ってました。

この狭い待合空間に100人以上の人間が居たからだと思うのですが、その翌日から咳と鼻水が止まらず。

1週間しても治らず夜咳で起きてしまうほどだったので、しぶしぶ病院に行ったら急性副鼻腔炎と気管支炎と喘息疑いの診断がおりました。

胸部X線撮ったらたばこ吸わないのに「肺が汚い」って言われて軽くショックでした(たばこでなる汚さではなく胸膜が肥厚していたり気管支が炎症で白っぽく写っている)。

処方された薬飲み始めたら楽になりました。薬すごい。

そんな困難(実際はたいしたことない)を乗り越え、無事に人相の悪いパスポートをゲットしました。

スタンプいっぱい押せますように。

で、話を戻してシンガポールです。

シンガポールに行くにあたり、発病してから仕事を休職後、退職して個人で事業をする決意をした夫はある目標を立てていました。

その目標を、シンガポールに行くまでに達成する、と。

あまり口出しせずに(向こうから見たらしてたかも)見守っていたのですが、見事、その目標を成し遂げました。

改めて尊敬しました。

シンガポールの旅行記はまた別に残しているので、そちらも暇潰しに見ていただけるとうれしいです。

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とりあえずマーライオンにはがっかりしませんでした!